水筒とかお手洗いの話
どんな研修に出ても、やたらとお茶や水をテーブルに出すことにうるさくなった、「ある年」があった。仕事の研修の話である。
研修前にしつこくアナウンスするし、それでも出しっぱにしておくと、わざわざしまうよに言いにくる。
一種の「方針」なんだろう。
そして、その「方針」は、今年の夏は、なんだか変わった様子だった。
(昨年とかからかもしれない。近年そんなに研修に行けてないから、正確なことはちょっと分からない)
飲み物の用意はありますか?
研修の途中でも、必要な時は、水分補給してください。
受付で言われる。
人に言われなくても、本当はそれくらい自分で判断したい。
ビールじゃなくて水やお茶のことだし。
「水分補給の許可は教師になくていいんじゃないか」という話を聞いてから、少し考え事をして自分のことを思い出した。
もう高校時代も10年以上前のことになったようなので、その時のことをちょっと書くことにした。
ぼくは、授業中のトイレの許可は取らなくていいと子どもたちに言っている。
その理由は、今どうしても行きたいトイレについて、許可などとっている場合ではないということである。
お腹が痛いのに、ぼくのところに来てる場合じゃない。その分トイレに早く行かなきゃ、ということである。
この考えの背景には、自分が小学校6年生から高校生くらいまで苦しんだというのが大きい。
どういうことか簡単に言うと、かなり毎日お腹が痛くなったということである。
最近よくストレスチェックなどの紙が回ってきて。そこに色々な症状が書いてある。
あーこういうストレスだったのかなぁとか、そういうところで思い出したりもする。
しかも、トイレに行けば治るかというとそういうわけでもないからややこしい。
お腹が痛くて、トイレに行きたいような気がするという感じである。
その症状は6年生のテストなどから始まった。
日々の授業、試験、高校入試、運動会の短距離走前、そういうところで辛かったなぁということを覚えている。
もっと言うと
・トイレに行きたい時のチャイム着席が辛
い。
・授業中。先生の話のキリがいいところまで
言い出せないのが辛い、遠慮してしまう。
・その上、話が何一つ入ってこないのも辛
い。
・試験だと集中できなくなるのも辛いし、時
間がなくなるのも辛い。
・前まで歩くのが辛い。
・注目が集まるのも辛い。
・声を出すのが辛い。
正露丸を用意したこともあったが、そこまでするものなのかと考え直し、ほとんど飲まなかった。
だから、今、子どもたちに許可をとらなくてよいと伝えている。
でも子どもたちはやっぱり真面目なところがあって、
ろうかを指さしてこっちを見る感じになっている。
そして、ぼくは、30人を前に今話している話を続けながら、さりげなく指で丸をつくる。
そんな感じでいいと思う。
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