あやうく騙されそうになる

あやうく騙されるところでした。

大抵の場合、どのクラスにも、落ち着かない子、話を聞く子ことが苦手な子がいるはず。

30から40人いれば、発達障がいとみられる子は何人か、あるいは多数見られるはず。

ここからが騙されそうになる話です。


週目標、〇〇スタンダード、なんとか主事訪問、なんとか観察。

ここで指摘される多くが、規律の話になるわけです。

椅子に座って
静かに
いい姿勢で
目を見て
手いじりしないで
聞く
(さらに下敷きの徹底とかになるわけです。欲張りすぎです。)

そういうところで敢えてよくない言葉を選ぶと「目をつけられる」ということが起こります。

(「目をつけられる」とやりたいことが多かれ少なかれやり辛くなります。)

(忙しい毎日です。分かり合えないことを話し続けるのも疲れますし。)

なので、頭ではわかっていても実際のところ騙されかけていました(無意識のうちにです)。

つまり、少しずつ少しずつ指導をそういう側に合わせそうになっていくわけです。

もっと姿勢をよくしたほうがいいね。とか、もっと話し手を向いて聞けるようにしていかなきゃとか。

そんなことを言われ続けると、あやうく騙されかけるという話です。

思い出したことと忘れちゃいけないこと。


ひょんなタイミングで、顔も知らない、名前も知ったばかりの、他校の先生と仕事で電話をすることになりました。

その電話の内容には、お互いの学校の子どもの様子を伝え合うところがありました。

その際、ぼくはあまり考えず全校朝会の話を例に出したわけです。

時間に集まっているとか、いい姿勢で聞けているとか聞けていないとか、そんなことを喋ったわけです。

そしたら、「発達障がいのある子は同時に2つのことはできないよね」という言葉が返ってきました。

つまり、いい姿勢で聞いているふりをさせるのを優先するか、

どんな姿勢であれ聞いていることを優先するのか、

どっちを取りたいのかということです。

どっちが教育的かなんてはっきりしていましたし、

初任のころから、形だけの「聞くふり」を上手にする指導(指導とは言えないか)など無意味であり、

その子の気持ちも無視した勝手なものだと思っていました。

が、ちょっと最近忘れかけていたなぁと反省しました。(この子はこれで聞いているんだ。だからいいんだ!みたいな気持ちが欠けていました。)

そういう芯が9年間で太くなったと勝手に思っていましたが、

まだまだもろいと分かりました。

こういうことを、折に触れ、思い出し、また改めて考えていかなきゃなぁと思いました。

自分の備忘録のためにアップします。

武村健司


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